1. はじめに
太陽からの紫外放射を遮蔽しているオゾン層が、南極上空でフロンによって破壊されつつあることが明らかになり、大きな環境、社会問題になって久しい。紫外放射と皮膚癌などとの因果関係は医学的に解明されているとは言えないが、オーストラリアでの皮膚癌の発生が、黒色腫ではアメリカに比べて約2倍になっているとか、放牧している羊の皮膚癌や盲目の発生が多いとかの報告がTHE
SKIN & CANCER FOUNDATION AUCTRALIAから報告されている。私たちが毎日使用している蛍光ランプ等からも紫外放射があるが、微量であるためほとんど問題にされていない。しかし溶接機などの産業用機械からは、自然光からはほとんど放出されていない体に有害な短波長の強力な紫外光が放射されている。紫外放射の目に対する影響についてはかなり関心がもたれ保護眼鏡の安全基準も作られているが、皮膚に対する配慮はほとんど払われていないのが実状である。特に溶接機からの紫外放射は、機械の性能向上と、用途の拡大によってますます強くなり、作業時間も長くなっている現状では、溶接現場の作業者に対する身体の安全の確保が、緊急課題である。これに被服で対応するために当社はまず紫外放射の人体への影響及び紫外放射に対して、強靭で透過率の低い布地を研究し、より安全な作業服を製作した。
2.
紫外放射と人体への影響
紫外放射を波長別に分類すると、UV−A
315〜400nm、UV−B 280〜315nm、UV−C 100〜280nmとなる。放射は波長が短いほど持っているエネルギーが大きくなるためA波よりB、C波のほうが有害である。自然界における短波長のB波の一部とC波の紫外放射は、オゾン層に吸収されて地表にはほとんど到達していなかったため、オゾン層の破壊によりその一部が地表に達する事が懸念されるようになった昨今に至るまで、短波長の危険性は顧みられなかった。現在のところ
UV−Cの人体に及ぼす影響についてはほとんど明らかになっていない。UV−Bは皮膚の表皮及び真皮上層の比較的浅いところまでしか透過しないが、UV−Aは真皮下の皮膚深部まで達する。紫外放射の皮膚に対する傷害を次表に示す。
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UV−A |
UV−B |
| 急性炎症 |
一時黒化
即時紅斑 |
サンバーン
メラニン新生による二次黒化 |
| 慢性炎症 |
真皮内繊維の変性
皮膚老化への関与 |
真皮内繊維の変性
皮膚老化への関与
皮膚癌発生への関与 |
| 光過敏症 |
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光過敏性への関与 |
紫外放射の皮膚への影響として一般的なものは紫外線紅斑(サンバーン)であるが、多量の紫外放射を浴びた場合は水膨れ(浮腫)を起こし火傷と同様の状態になる。紫外線紅斑を誘発する波長域はUV−Bの短波長側で感受性が高く290〜300nmの約100倍の紅斑を引起こす。現在までのところ臨床的にUVと皮膚癌の関連については明確に立証されていないが、統計的調査の結果として、例えば低緯度の住民に皮膚癌の発生が多いとか、長期に亘って太陽光の下で働く人のほうが屋内作業者に比べて、皮膚癌の発生が多いなどの例が発表されている。人間の場合、紫外放射を最も浴びやすい部位は、鼻先、額、肩などであるが、皮膚癌の高発生部位が鼻、頬、下唇になっていることを考えると、紫外放射の強度と皮膚癌との因果を示唆している。
3.
溶接アークからの紫外放射と安全基準
現在行われている溶接法は、被覆アーク、二酸化炭素アーク、MAG、TIG溶接及びセルフシールド溶接等がある。その中から溶接スペクトルの図を三例次に示す。
図からも解るように、今まで自然界には存在しなかった短波長のB、C波が大量に発生している。以前からこういった溶接作業現場では発生した強力な紫外放射のため紫外性眼炎が生じたり、皮膚の紅斑が発生したりすることが、溶接作業では当然であると認められてきた。しかしアメリカ労働衛生専門官会議(ACGIH)は眼及び皮膚に対する紫外放射のTLV(Threshold
Limit Values)を勧告している。人工光源あるいは太陽光からの紫外放射に暴露されながら働く労働者に健康傷害を生じないと考えられる安全基準である。つまり8時間を1期とする期間内に繰り返し暴露されながら働く時に、波長200〜400nmのスペクトル領域の紫外放射の越えてはならない限度を示すものである。 このような溶接用機器から発生する有害紫外放射に対して、手溶接及び半自動による溶接作業は光源から至近距離にあり紫外放射から受ける影響は非常に大きい。
4. 保護衣開発のための研究
このような有害な短波長の紫外放射から人体を保護するための衣料を開発する目的で、まず、紫外放射に対して強靭で透過率の低い素材を選択するために次のような実験を行った。
(1) 実験方法
- 1.放射源 400W高圧水銀ランプの発光管のみ
- 2.紫外放射照射装置
- 正十角形の筒型箱の中心に発光管を設置。
- この筒をモーターで6rpmの速さで回転させる。
- オゾンの発生を除去するため、下部に通気孔上部に換気扇を取り付け。
- 3.透過率測定置
- 4.放射照度計及び紫外放照度計
- 5.分光測光装置
- 6.標準光源
- 7.引張及び引裂強度測定機
- 8.走査型電子顕微鏡
- 9.試料 綿 100% テトロン/綿混紡 アラミド繊維
(2) 結果 放射に対する強度維持率はアラミド繊維が最も高く200時間照射後も初期強度の70%以上の強度を維持するが、綿100%、テトロン/綿混紡は50%以下になっている。 また透過率に関しては、低い方からアラミド繊維、綿、テトロン/綿混紡の順になる。現在最も使用されている綿の透過率は2.64%であり、今回の実験で最も低かったアラミド繊維は0.074%(色
ネイビーブルー)であり、実に綿の約1/35という値を示した。 このような結果はアラミド繊維の分子結合がベンゼン環結合になっているため非常に結合力が強いからだと思われる、次に実験に使った試料の電子顕微鏡写真を示す。これによると綿は50時間暴露すると繊維が既にボロボロに傷み、200時間暴露後の表面は鱗の様になっている。テトロン/綿混紡は50時間暴露すると表面はコナゴナになる。200時間では周囲に円周方向に切れ目が多数入る。これに対してアラミド繊維は、放射を照射すると縦方向の小さな切れ目が次第に大きくなり200時間暴露後には筋のようになる。しかし切れ目は発生しない。
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| 綿0時間 |
紫外放射照射200時間 |
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| アラミド繊維0時間 |
アラミド繊維 紫外放射照射200時間 |
5.
アラミド繊維について
以上のような結果により、溶接作業のように至近距離から発生する有害紫外放射にさらされながら作業する労働者の身体を保護するための作業服の素材としてはアラミド繊維が適していることが解ったので、更にアラミド繊維の特性について述べる。 アラミド繊維とは、その分子骨格が芳香族(ベンゼン環)からなるポリアミド繊維(aromatic
polyamide fiber)であり、ナイロンの一種であるが、FTCによってナイロンと区別して1974年に『アラミド』(aramid)という一般名を与え、1977年に国際標準機構(ISO)も人造繊維の分類名称としたものである。 アラミド繊維は、その分子骨格が全体に直線状のパラ型タイプと、ジグサグ状のメタ型タイプに大別されるが、当社が選択したのはメタ型タイプの全芳香族ポリアミド系耐熱性繊維であり、ポリメタフェニレンイソフタルアミドを主成分とする有機合成繊維である。この繊維はポリエステル並みの繊維性能(強伸度、弾性率、比重、風合い、色など)を持ち、また空気中で溶融することなく400℃で初めて分解、炭化を開始する耐熱性と限界酸素指数(LOI値)30という防炎、難燃性を合わせ持っているものである。
6.
結論
以上により、ACGIHの勧告値に従うと、現在使用されている綿の作業服では紫外放射に対する防御が十分でない。綿の作業服では紫外放射の弱い溶接機を使用する場合でもせいぜい数時間しか作業することができない。これに対してアラミド繊維の作業服(特にネイビーブルー)を着用するとほとんどの溶接機で8時間以上の作業が可能であるが、それでも強力な紫外放射のあるMAG、MIG溶接では1〜2時間の作業しかできない。したがってこの作業服の上に更にアラミド繊維のプロテクター等をつけると対応することができる。 このようにして当社は溶接作業時の紫外放射から作業者の身体を保護するためにアラミド繊維を選択し溶接作業用保護衣の開発製作に取り組んでいる。
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