昔むかし、伊予の国、宇和島伊達藩の殿様が、
ひと山越えた津島の槙川へ狩りにきんなさった時のことじゃ。
獲物は上々。昼ともなり、ひもじゅうなった殿様、村の婆さんに、
「どこか飯を所望できる家はないかの。」と問うと、
婆さんは、「良かったらわしの家へ寄っていきさいや。」とわが家へ招き、
精いっぱいのごちそうを座敷に並べ、もてなしたんじゃと。

 殿様の一行が食事を始めると、土間の方で婆さんの家族は何やら麦めしに冷汁をかけて食べている様子。それを覗き見た殿様、鯛をつつきよった箸を置き、「婆さん、余にも」と頼んで、その冷汁と添えてある味噌を食べさせてもろうた。  ひと口ふた口と食べた殿様、思わず、「これはうまい!うむ・・実にうまい。婆さん 、これは何という喰いものじゃ?..ん、『さつま汁』とな。天下広しと言えども、 これに勝る美味は無しじゃ。」と、三杯ほどペロリとおかわりしなはったわい。

殿様が舌鼓を打った冷汁とは、砂糖が庶民の料理には縁のない時代、
津島地方で、さつま芋の甘さと宇和海の幸で家伝の味づくりをした郷土料理でな。
時代とともに忘れかけた、この伝統の料理を今に受け継いでいるのが
「鯛さつま汁」「いりこさつま汁」に、
「鯛焼魚味噌」「ちりめんいりこ味噌」、そして「もずく山菜味噌」
なんじゃそうな。



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